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●東海事務所
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〒319-1112 那珂郡東海村大字村松字白根146-25番地 |
TEL.029-283-2531 |
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遺跡名
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調査期間
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主な時代
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主な遺構 |
主な遺物 |
村松白根遺跡 |
平成15年4月〜平成16年3月 |
中・近世 |
製塩跡,掘立柱建物跡,畝状遺構 |
陶磁器,かわらけ,古銭,小札,笄 |
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●村松白根遺跡 (むらまつしらねいせき/東海事務所)
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調査区の北部,標高3〜4mのところに配石遺構(はいせきいこう:石をL字状に敷き詰めた施設)が見つかりました。また,釜屋の近くから,石鍋(いしなべ)も見つかりました。鍋の外側には,黒い煤や赤く焼けた痕があり,火にかけていたことがわかります。400年前,この鍋の中には,いったいどんなごちそうが入っていたのでしょう。
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配石遺構(はいせきいこう)。 |
石鍋出土状況。何も入っていない? |
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建物跡の西側に南北9m,東西10mの畝状遺構(うねじょういこう)が見つかりました。一つの畝の幅は40cm,畝と畝の間は15cmほどです。畑であれば,土の中から当時栽培していた作物の種が見つかるかもしれません。現在,土を分析中です。何の種が出てくるか,分析の結果が楽しみです。
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畝状遺構(うねじょういこう)の様子 |
遺構確認状況。大型のかん水槽が
見えてきました。 |
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釜屋(かまや)の調査。
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石製の供養塔である。宝篋印塔
(ほうきょういんとう)の一部(笠)。 |
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海水を煮詰めるための大きなカマドがある建物跡(釜屋:かまや)は,砂丘の上にあっても崩れないように粘土や砂,黒土などを何層にも積み上げて丈夫に作られていました。今のような機械のない時代には,大変な土木工事であったと思われます。また,黒土で作った平坦な床,火を使った炉の跡,方形に巡る柱の跡も確認されました。このことから,当時の人たちが簡単な構造の家で生活していたこともわかってきました。
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釜屋の跡。灰や煤で黒く見えます。
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笄(こうがい:女性の髪を飾る
かんざしのようなもの)の出土状況。 |
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これまでの調査で,海水をためるための大きな穴(鹹水槽=かんすいそう)や海水を煮詰めるための大きなカマドが見つかりました。ここで生活していた人たちが,海水から塩を作っていたことがわかってきました。また,鯨(くじら)の骨の一部がバラバラの状態で見つかりました。鯨を食べるために解体した跡なのでしょうか?さらに子供のお墓の近くからは,犬のお墓も見つかりました。お墓に埋葬された犬は,ペットとして飼われていたのかも知れません。
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20000リットルがはいる大型の鹹水槽。
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カマドの調査。 |
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鯨の頭骨の一部。それにしても大きい! |
ていねいに埋葬(まいそう)された犬 |
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村松白根遺跡は,十三詣で有名な村松虚空蔵尊の東側に広がる松林の中に位置しています。現在は,砂丘の面から2〜4m下にある江戸時代の生活面(黒く見える層)を調査しているところです。この時代,周辺には塩を作っていた村の跡が見つかっています。また,大風で集落が砂に埋もれてしまったという「千々乱風」の伝説も残っています。これらは,村松白根遺跡の性格を明らかにしていく上で重要なヒントになるかも知れません。
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積もった砂を取り除く |
生活の跡を探す |
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土器が出てきた! |
昔の人の骨が出てきた! |
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