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稲敷西事務所

〒300-0509 稲敷市江戸崎乙679番地
 
遺跡名
調査期間
主な遺構
主な遺物
薬師後遺跡 平成19年4月〜平成20年3月 古墳時代後期,奈良・平安時代 竪穴住居跡,土坑,溝跡,地点貝塚,地下式坑 土師器,須恵器,石製品,土製品,鉄製品,貝
堂ノ上遺跡 平成19年4月〜平成20年3月 弥生時代,古墳時代中期・後期 竪穴住居跡,土坑,溝跡,地点貝塚 弥生土器,土師器,須恵器,石製品(子持勾玉等),土製品,鉄製品,貝
*主な時代をクリックすると年表がでます。
 

薬師後遺跡 (やくしうしろいせき)


平成20年2月の調査状況

 
遺跡の東部(W区)の調査が進んでいます。全体的には覆土の薄い住居跡が多く,W区南西部の斜面近くでは,竹根が残って覆土が固く,掘り込みに時間がかかっています。その固い地面を掘り進めていくと,徐々に遺構の全体像が明らかになっていきます。遺物は土師器,須恵器が中心で,完形の坏や土圧でそのままつぶれた甕の他,魚を捕る網のおもりに使われたと考えられる球状土錘や管状土錘が出土しています。また,円筒状の土坑の底面近くから,「真」とも読める文字が刻まれた石製紡錘車が出土しました。この集落に文字を読み書きできる役人のような人たちがいたと考えられます。なお,調査は3月中旬をもって終了する予定です。
 
住居跡からまとまって出土した土器類
焼失した住居跡を調査するスタッフ
 

平成20年1月の調査状況

 
遺跡の東部(W区)の調査に入りました。W区では,竪穴住居跡30軒,掘建柱建物跡1棟,溝跡10条,段切状遺構1か所,土坑50基ほどが確認されています。遺構は奈良時代から平安時代にかけてのものが中心で,12月まで調査をしていたU区に比べると時期は若干新しいようです。また,W区は昨年度調査を実施したT区に隣接し,集落がつながっています。これからは集落の広がりや移り変わりについて明らかにすることを目的に調査を進めていこうと考えています。
 
削出した平坦面と屈曲した溝跡が確認された遺跡の東部
出土した土器を記録するスタッフ
 

平成19年12月の調査状況

 
遺跡の中央部にあたる調査2区の調査がほぼ終了しました。調査の結果,竪穴住居跡51軒,溝跡12条,道路跡2条,土坑253基,地下式坑1基,地点貝塚3か所,遺物包含層1か所などが確認され,古墳時代後期から平安時代にかけて営まれた集落跡であることが分かりました。1月からは,昨年度調査を実施した1区の東側に位置する4区の調査に入ります。これまでの調査の成果を踏まえ,新しい区の調査を進めることによって,薬師後遺跡の全体像を解明したいと考えています。
 
台地部と谷部を結ぶ道路跡
古墳時代の土器片がまとまって
出土した谷部の遺物包含層
 

平成19年10月の調査状況

 
台地平坦部の調査が順調に進んでおり,斜面部の溝跡や土坑の調査も始まりました。遺構は古墳時代後期から平安時代にかけての住居跡が中心ですが,氷を貯蔵したと考えられる氷室や中世の地下式坑など,昨年度までの調査では見られなかった遺構も確認されています。また,昨年度の調査区域の東側の表土除去も始まりました。11月以降には本格的な調査が始まります。調査が進むにつれて,集落がどのように移り変わっていったのか,その一端がうかがえると考えています。
 
竈の袖の脇に並んで出土した坏
直径2m,深さ1.5mの氷室
 

平成19年8月の調査状況

 
調査区の表土除去工事が6月下旬に終了し,7月から遺構調査が本格的に始まりました。遺構は古墳時代後期から平安時代にかけての住居跡が中心で,ほとんどが竈を持っています。また,土師器の坏や甕,須恵器の坏や蓋,横瓶,円面硯,鉄製品の刀子や鏃などが出土しています。8月22日には,委託者の国土交通省主催で親子による発掘体験が実施され,暑い中ではありましたが,参加者はみんな興味深そうに発掘作業に取り組んでいました。
 
多くの遺物が出土した古墳時代後期の住居跡
国土交通省主催の発掘体験
 

平成19年6月の調査状況

 
当遺跡は,堂ノ上遺跡から南東に2km離れた舌状台地に位置しています。本年度は10,021㎡を調査する予定です。昨年度の調査では,古墳時代後期から平安時代までの集落が中心だったことがわかりました。6月下旬に,遺構のある面まで表土を除去する作業が終了し,今は遺構確認作業を行っています。竈をもつ住居跡や溝が確認され,土師器の坏や高坏,甕,須恵器の坏や鉢,甕などが出土しています。
 
表土除去作業
遺構の確認作業
 
 

堂ノ上遺跡 (どうのうえいせき)


平成20年2月の調査状況

 
厳しい寒さも次第に暖かくなりはじめ,調査も順調に進んでいます。重なり合った住居が埋められた後,同じ場所に建てられた小形の住居を調査しました。この住居跡を掘り込んでいくと,床面や貯蔵穴からほぼ完全の土器が多数出土しました。このような状況は,この住居跡の住人が,家を放棄した際に土器を捨てていったものと考えられます。このような調査を進める中,近隣の小学校から6年生が見学に訪れました。6年生は約1500年前の住居跡の説明を熱心に聞き,出土した土器などに関心を寄せていました。なお,調査は3月中旬をもって終了する予定です。
 
住居跡の土器を調査するスタッフ
住居跡の説明に注目する6年生
 

平成20年1月までの調査状況

 
厳しい寒さの中でも調査を進めています。約1,500年前の竪穴住居を床面まで調査していくと,貯蔵穴という,今の床下収納庫が発見されます。貯蔵穴は,かまどに向かって右や左に位置しており,その中は温度が一定に保たれるため,食料などを入れていたと考えられています。竪穴住居のかまどの向きと貯蔵穴の位置関係を整理してみると,住居の移り変わりを明らかにできるかもしれません。また,竪穴住居の床下を調査したところ,小穴が見つかり,その中から馬の足の骨が出土しました。その小穴が,馬の墓坑なのか,地鎮などの祭祀に伴う小穴なのかが課題になっています。
 
かまどの右側に貯蔵穴がある竪穴住居跡
小穴から出土した馬の左前足
 

平成19年12月までの調査状況

 
冬を迎え,寒い季節になりましたが,調査は順調に進んでいます。土器では,住居跡の柱穴から,甑(蒸し器)が完全な形で出土しました。柱が抜き取られた後に甑が倒れこんだ様な形で出土したため,捨てられていったものと考えられます。また,当遺跡で4点目となる線で模様を刻んだ紡錘車も出土しています。これまで出土したものと石の材質が違い,文様も鋸の歯のような鋸歯文と呼ばれる文様が刻んでありました。
 
柱穴から完全な形で出土した甑
線で鋸歯文と呼ばれる文様が刻まれた紡錘車
 

平成19年11月までの調査状況

 
調査にはよい季節になり,順調に進んでいます。当時のガスコンロであるかまどが良好な状態で残っているものが多く見られます。かまどの調査を進めていくと,内部からはたくさんの土器が出土しました。中にはカメがすえられたまま残っていたり,カメを支え,火の通りをよくするために土器を逆さにして支脚として利用したものもありました。これらは,当時の人々がどのように調理をしていたかを教えてくれています。
 
ほぼ完全な形で残っていたカメ
支脚として使用されていた高坏
 

平成19年8月の調査状況

 
猛暑の中での発掘調査が続いていますが,これまでに多くの遺構が調査されています。その大半は1,500年前頃の古墳時代の竪穴住居跡で,古い竪穴住居跡の上に新しい竪穴住居が建てられ,重なり合った竪穴住居跡が多く見つかっています。使用しなくなった竪穴住居を埋め戻す時や,自然に埋まる段階のくぼ地にできた貝塚も確認されました。遺物は土師器の甕,坏や須恵器の坏など,古墳時代中・後期の土器や石製品が多く出土しています。
 
竪穴住居跡から出土した土器と貝
竪穴住居跡竈(かまど)の調査
 

平成19年6月の調査状況

 
4月から始まった調査も順調に進み,住居跡からたくさんの遺物が出土しています。紡錘車などの石製品が多く出土し,掲載した紡錘車には線で模様が描かれています。その他にも,剣を模した石製模造品などの遺物も出土しています。土器では,土師器の高坏や坏,甕,鉢などのほかに,須恵器の高坏なども出土し,特に土師器では,赤く朱(しゅ)が塗られたものも出土しています。
 
掘り終わった住居跡(6世紀)
線刻が施された滑石製の紡錘車
 

平成19年4月から5月の調査状況

 
当遺跡は,稲敷市の西部,小野川左岸の舌状台地先端部に位置しています。昨年度末から調査が始まり,約150軒の竪穴住居跡が確認されました。今年度は4月から遺構調査を開始し,現在までに古墳時代の住居跡26軒を調査しています。珍しい子持勾玉が出土したほか、焼失した住居跡が多く見られます。
 
古墳時代の住居跡を調査している様子
住居跡から出土した子持勾玉
 

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