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鹿嶋事務所

 

宮中野古墳群(きゅうちゅうのこふんぐん 08-222-086) [ご案内マップ]

所在地 茨城県鹿嶋市大字宮中字宮中野3722-1番地ほか
立地 鹿嶋市の中央部,北浦左岸の標高約35mの台地上
調査原因 鹿行広域水道用水供給事業及び鹿行興業用水道事業のうち天日乾燥床築造工事
委託者 茨城県企業局鹿行水道事務所
調査期間 2014年12月1日〜2015年3月31日
調査面積 8,490㎡(内6,794終了)
種類 集落跡,墓域
主な時代 古墳時代,江戸時代
主な遺構 竪穴建物跡23棟,土坑134基,炉跡2基,溝跡7条
主な遺物 土師器(坏・壺・甕),須恵器(蓋・壺),陶磁器(碗・徳利),土製品(土玉),石製品(石製模造品),金属製品(銭貨),自然遺物(骨・貝殻)
*主な時代をクリックすると年表が出ます。
 

調査の成果

当遺跡は,鹿行地域を代表する古墳群として広く知られています。調査の結果,古墳時代中期の竪穴建物跡をはじめ,時期不明の2段式掘り込み土坑,江戸時代以降の円筒形の土坑などを数多く確認しました。古墳時代中期に営まれた集落は,後期まで続くことなく廃絶され,一帯は墓域へと移り変わったと考えられます。江戸時代以降の円筒形の土坑は,大半は農作物の貯蔵に,一部が墓として使用されたと考えられます。
 
古墳群築造前の集落跡(古墳時代中期) 第22号竪穴建物跡から出土した土師器甕
 
第23号竪穴建物跡から出土した土師器壺 第113号土坑から出土した須恵器蓋
 

調査の状況

これまでの調査によって,当遺跡における古墳時代中期の集落の様相が,次第に明らかになってきました。第1〜11号竪穴建物跡は,いずれも古墳時代中期(5世紀中葉〜後葉)と考えられます。第1〜6・10号竪穴建物跡では,いずれも覆土下層から床面にかけて炭化材や焼土ブロックが認められます。竪穴建物跡から出土した遺物は,主に土師器片で,建物を廃絶した段階でその場所に置き去りにしたものや,後から廃棄したもので,全体的な遺物量はそれほど多くはありません。第1号竪穴建物跡の内部施設は,主柱穴が4か所,中央部北側の壁よりに炉を構築し,壁直下の溝と4か所の間仕切りを有しています。特筆されるのは,その間仕切り溝に挟まれた範囲に,それぞれ5・6か所の小穴が2列並んで発見されたことです。材木で作った床を支えた束柱と推測できます。これ以外にも竪穴建物の様々な内部施設が明らかになってきました。
 
姿を現した建物跡(第1号竪穴建物跡) 姿を現した建物跡(第5号竪穴建物跡)
 

調査の状況

1月から本格的な調査が始まりました。第2〜5号竪穴建物跡は,いずれも古墳時代中期(5世紀中葉〜後葉)と考えられます。覆土下層から床面にかけて,炭化材や焼土ブロックが認められ,火災に遭ったか,廃絶した建物の窪地で建築材などを焼却した可能性が考えられます。それらから出土した遺物は主に土師器で,椀や坏,甕,鉢などです。第5号竪穴建物跡からは当時貴重な須恵器,第4号竪穴建物跡からは滑石製の石製模造品(勾玉)など,日常的に使用した土器のほかに,マツリの道具も発見しました。今回の調査により,古墳群の築造前夜における集落の様相が,徐々に明らかになってきました。
 
遺物の出土状況(第2号竪穴建物跡) 覆土の観察(第5号竪穴建物跡)
 

調査の状況

12月から表土除去作業と遺構確認作業を進めています。主な遺構や遺物については,現在確認中のため,詳細は後日とします。今のところ,古墳時代前・中期の竪穴建物跡や中世と推測できる溝跡などの存在を確認しています。来年の1月中旬以降,本格的な調査に入る予定です。
 
調査区全景(調査前) 遺構確認作業
 

 
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